讃岐弁日記 
なんがでっきょんな  生まれ育った故郷 讃岐の言葉で書く日記です。

再開

23日 滋賀県野洲時代の生徒さんたちと 10年ぶりくらいの再開。

昭和52年くらいから 生涯教育の一環として 和裁の指導を依頼された。
当時 教育長が変わるたびに ごあいさつに来てくれるのだが
中で一番年をとった方のところへ行って 挨拶して
「私ではありません あちらの一番若い方です」と言われ どの教育長も恐縮して
私のところにやってきて謝ってくれる。
私自身は とても面映ゆくて ごあいさつなどいいのに と思った記憶がある。

そのうち私が神戸に越してきて 更年期に入り野洲まで通うのが
たいへんになり 中で育った生徒さんに後を託して やめさせてもらった。
後を引き受けてくれた方もよくやってくれて グループはずーっと続いている。 

グループとしては 30年は軽く超えていると思う。
そのグループの中に 来年90歳になるというお茶の先生がいて
当時 私が行くと まず一服と言ってお菓子を出してくださり
お茶をたててくれた。
生徒さんたちも次々と来て お菓子とお茶をいただいてから
お稽古にかかった。
今は グループのまま 和裁からお茶のお稽古に代わっているけれど 
和気あいあいとしていて 今も食事会をしたりしているので
一度来てほしいとご招待を頂く。

久しぶりに会う生徒さんたち 皆変わっていない。
お茶の先生も来年90歳とは思えないくらい若々しい。
どの人も皆若々しかった。

行ったらすぐに 習っている方がお抹茶を立ててくれて 
これがものすごく上手においしくたててあって とっても嬉しかった。
とてもおとなしい方だったけれどやっぱり控え目で
皆から 上手なのよ と言われていた。

二ふくめ。これは元気印を絵で描いたような方。これがまたおいしかった。
元気の出る味で楽しいお茶会風景。

先生「にぎやかでしょう」
生徒「本当は こんなにおしゃべりしたら いかんのやけど」
  「いやいや お茶は楽しくできたらいいのよ」
とっしゃる。見ていると お点前をしている人は 皆のおしゃべりなど
どこ吹く風で しっかり習っている。

そうこうしているうちに 遅れてきた人が 自家菜園で採れた
無農薬のスナップエンドウを皆に持ってきてくれる。
   (帰ってゆがくと とてもおいしかった)

おわって お昼へ。これがまたおしゃれなお店で
私がいたときは なかったお店で 楽しく 時間はすぐに過ぎてしまった。

中で 家に寄ってくださいということで 二人ほどのおうちに
寄らせていただいた。
一人は去年ご主人を亡くされた方で 私が後を託した方。  
大きな広いおうちで 奥へ奥へと案内され、
「いつでも来て泊まってください」と言われる。

もう一人は 家族ぐるみのお付き合いをさせていただいている方。
他の人にも よくおうちに呼ばれて 遊びに行くことはあったけれど
生徒さんと家族ぐるみのお付き合いというのは この方だけかな。
旦那様も 娘さんも。家族で 家に遊びに来てくれたこともある。
久しぶりに旦那さんにあって つい 大はしゃぎ。

楽しい一日であった。

夜はエクシブ八瀬離宮で のんびり。
とてもいい 休暇だった。
 

 

  
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